JD事務局からの情報をいただきました。

JD事務局から、以下の情報が寄せられましたので、お知らせします。

○山陽新聞 2014年3月7日 社説 
 パラリンピック 感動のドラマをもう一度
http://www.sanyo.oni.co.jp/news_s/news/d/2014030709211680/
 障害者スポーツの祭典であるロシア・ソチ冬季パラリンピックが7日(日本時間8
日)に開幕する。世界の一流選手たちがハンディを乗り越え、全力を尽くして可能性
に挑戦する。先のソチ冬季五輪と同様に、見る人に感動と勇気をもたらす数々のドラ
マが生まれることだろう。
 大会には史上最多となる45カ国から500人を超える選手が参加し、アルペンス
キーなど5競技を競う。
 パラリンピックの原点は、第2次世界大戦直後にさかのぼる。戦争で負傷した兵士
の治療と社会復帰の一環として、1948年のロンドン五輪に合わせ英国の病院で開
かれた車いす患者によるアーチェリー大会が起源だ。第1回大会は、夏季は60年、
冬季は76年に始まった。その名称は、英語の「パラレル(もう一つの)」と「オリ
ンピック」から合成された。
 パラリンピックの提唱者であるグットマン博士は、その理念について「失われたも
のを数えるな、残っているものを最大限に生かせ」と語っている。鍛錬を積み重ねて
限界に挑むトップアスリートたちの姿は、自分を信じ、さらなる高みを目指すことの
大切さを教えてくれるはずだ。
 日本からはアルペンスキーに12選手、距離スキー、バイアスロンに8選手の合わ
せて20選手が出場する。岡山県西粟倉村出身で、距離、バイアスロン男子の新田佳
浩選手(日立ソリューションズ)をはじめ多くの選手に、メダルの期待が寄せられて
いる。
 5大会連続出場となる新田選手は、前回のバンクーバー大会で金メダルを2個獲得
した。先月の日本選手団結団式では「日の丸を付ける重みと誇りを感じながら臨み、
金メダル獲得を目指す」と健闘を誓った。
 このほか、日本選手団の主将を務める森井大輝選手(富士通セミコンダクター)
や、鈴木猛史選手(駿河台大職)、狩野亮選手(マルハン)、太田渉子選手(日立ソ
リューションズ)ら世界を舞台に戦ってきたトップレベルのアスリートがそろってい
る。最高峰の場で、持てる力を存分に発揮してもらいたい。
 ハイレベルの選手による迫力ある戦いに期待が高まる一方で、憂慮されるのは、ロ
シアと隣国ウクライナをめぐる情勢が大会に暗い影を落としていることだ。ロシア
が、政変の混乱に乗じてウクライナ南部のクリミア半島で実効支配を強めている。
 ウクライナ・パラリンピック委員会は、ロシア軍が早期撤退しなければ、参加をボ
イコットするとの声明を発表している。米国やカナダは抗議の意味を込め、開会式へ
の政府代表派遣を見送るという。
 国同士の対立により、選手たちが“平和の祭典”で活躍する場を奪われることは遺
憾と言わざるを得ない。国際社会の平和と安定という観点からも、開催国であるロシ
アの自制を強く求めたい。
**
○岩手日報 2014年3月6日 論説
 生活困窮者の支援 ネットワークどう築く
http://www.iwate-np.co.jp/ronsetu/y2014/m03/r0306.htm
 生活に困っているのに、どこにも相談できない。社会的に孤立する人々に、官民が
手を差し伸べていこうという生活困窮者自立支援法が昨年末に成立した。
 対象は生活保護に至らないものの、経済的に困窮している人。社会とのつながりが
極めて弱く、申請主義を原則とする制度から落ちこぼれてしまう。そして、行政の縦
割りの壁もあって必要な援助がなかなか届かない。
 支援法の最大の特徴は「アウトリーチ」(訪問支援)。これまで手が届かなかった
人々に、制度の方から近づこうという発想だ。
 生活保護の受給者は200万人を超えた。既に戦後の混乱期を上回り、過去最高を
更新し続けている。失業や非正規雇用の増加で若い世代の受給者が目立っている。
 さらに、高校中退、中高の不登校、ひきこもりなど、この先受給者になる可能性の
ある人々も多く存在する。
 法は、社会保険や雇用保険と生活保護の間に当たる「第2のセーフティーネット」
と位置づけている。一部の熱心な自治体ではこの試みが行われてきたが、法がようや
く現実に追いついた形だ。
 6年前のリーマン・ショックでは、派遣切りで借り上げ社宅も追い出され、再就職
もままならないことが大きな社会問題となった。
 新法では就職を支援するために住宅確保給付金を支給するほか、就労支援や家計を
再建するための相談、子どもの学習支援などを行う。
 法の施行は2015年春。施行を目指して全国でモデル事業が行われている。13
年度は岩手県、花巻市など68団体で実施。14年度は240団体に増やす予定だ。
 今後の最大の課題は、いかに裾野を広げていくか。自治体は相談支援員を配置しな
ければならないが、規模や「熱意」も違う。
 連携するNPOなど、民間で活動する人材も地域によって異なる。それが支援の濃
淡を生まないか懸念がある。来春までの「助走期間」に、地域のネットワークをどう
構築するかが問われる。
 それがなければ、困窮者をキャッチすることは難しい。第2のセーフティーネット
の網が粗すぎては、せっかくの法もお題目だけになる恐れも十分にある。
 この法律は生活保護法改正とセットで出てきた。困窮者が本当に自立するまでには
時間もかかる。生活保護の抑制が目的になってはならない。要件を満たしている人に
は、きちんと受給手続きを進めることも重要だ。
 景気は上向いてきたといっても、取り残される人々は少なくない。貧富の格差を是
正していくことが先決だ。
**
○東京新聞 2014年3月5日 朝刊から
生活保護の申請 「まず書面」に逆戻り?
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014030502000112.html?ref=
rank
 改正生活保護法を運用する際、実務の指針となる厚生労働省令案で、改正法の国会
審議中に「政府案では窓口で申請を拒む『水際作戦』が助長される」として与野党が
合意した修正や政府側の答弁が反映されないで、もとの政府案に「先祖返り」してい
る部分があることが分かった。厚労省が先月二十七日から始めた意見公募(パブリッ
クコメント)で明らかになった。支援者や有識者は、国民の代表である国会を軽んじ
る厚労省の対応に反発している。 (上坂修子)
 厚労省はパブコメを二十八日に締め切り、四月上旬に省令を公布する方針。
 政府は改正案を昨年五月に国会提出。与野党が修正で合意したが、昨夏の参院選前
に廃案になった。政府は修正を踏まえた法案を昨秋の臨時国会に提出し、昨年十二月
に成立した。
 政府案は、申請時に保護が必要な理由など細かな内容を書く欄がある申請書の提出
を義務付けた。野党が「これまで通り口頭申請も認めるべきだ」と批判したため、保
護するか決まるまでに提出すればよいと解釈できる表現に与野党で修正。しかし、省
令案の表現は政府案に戻った。
 政府案は、自治体が扶養を断る扶養義務者に説明を求めたり、保護を始める時に扶
養義務者に書面で通知したりする「扶養義務の強化」も盛り込んだ。国会審議で、野
党が「利用しにくくなる」と追及したのに対し、厚労省は扶養義務を強化するのは極
めて例外的な場合のみと答弁していた。
 だが、省令案は逆に扶養義務を強化しないケースを列挙。(1)扶養義務者から費
用を徴収する可能性が低い(2)要保護者が配偶者から暴力を受けている-などの場
合以外は原則として扶養義務を強化する内容で、政府答弁はほごにされた。
 NPO法人自立生活サポートセンター・もやいの稲葉剛理事長は「法案修正は福祉
事務所が勝手に申請を拒まないよう、解釈の余地をなくすためのもの。国会の意思を
省令にも反映すべきだ」と指摘。生活保護問題対策全国会議事務局長の小久保哲郎弁
護士は「実務に影響するのは省令。国会でいくら良いことを言っても、省令に反映し
なければ、問題のある対応が広まる危険がある」と話す。
 厚労省の社会・援護局保護課は「申請手続きの運用は、これまでと何も変わらな
い。申請書は保護開始までに提出すればいい。扶養義務に関しても国会審議で示され
た懸念に応えるよう丁寧に運用する」と反論している。
 <省令> 各省の長である閣僚が定める命令。日本の法体系では優劣は(1)憲法
(2)国会が制定する法律(3)内閣が定める政令(4)省令-の順。
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○東京新聞 2014年3月3日 私説 論説室から
「障害者」という美談
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2014030302000158.html
「現代のベートーベン」とたたえられた作曲家佐村河内守氏の騒動には考えさせられ
た。ゴーストライターが名乗り出たばかりか、聴覚障害者手帳を取得していながら三
年ほど前から耳が聞こえていたようなのだ。
 詐欺罪に当たるとか、喧伝(けんでん)した音楽業界も、うそを見抜けなかったメ
ディアも共犯だとかいった責任論が噴出した。もっともだ。
 しかし、真相はともあれ、作品群そのものの芸術的価値に変わりはあるまい。聴き
手の憤怒や落胆の多くは、「全聾(ろう)の作曲家」という障害者物語のメッキがは
がれ落ちたことから来るのだろう。興ざめさせられたのだ。
 芸術分野に限らず、障害者がハンディを乗り越えて才能を開花させた的な話題がも
てはやされるのはなぜか。メディアが繰り返し強調する「努力と克服の美学」が、健
常者の心の内奥に影を潜めている「悲運への哀れみ」を浄化してくれるからかもしれ
ない。
 幼いころから障害者のみを引き離す教育の仕組みも罪深いと思う。健常者に「障害
者は別世界の住人」という意識を植え付け、存在への関心を失わせてこなかったか。
 障害と健常の違いは曖昧だ。講演中にマイクが壊れれば、聴衆の耳は不自由にな
る。でも、手話通訳に頼る障害者は不自由しない。障害者ばかりが美化されがちなの
は健常者本位の社会だからだ。双方が等しく暮らす社会なら安易な美談は生まれま
い。 (大西隆)

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